【狂った世界】 1962年沖縄から中国とロシアに向けて核ミサイル発射命令していたが阻止。

【米軍】 1962年沖縄から
中国とロシアに向けて
核ミサイル発射命令
現場の士官が異議を唱え止めていた。

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(´・ω・`)余談ですが・・・・最近、ロシア最高司令部は、
このような声明を発表したのをご存知でしょう・・・
『ワシントンは対ロシア奇襲核攻撃を準備していると、
ロシアの軍事計画者たちが結論した』


つまり、ロシアは、アメリカが、ロシアへの核攻撃の準備が整うまで、
呑気に待つつもりは無いと言っているわけです
僕たちは、これに仰天し、大騒ぎしないといけないのですが・・・
これの何がマズいのか、日本人はまったく理解できていないように思えます。

続きを読む・・・ ↓ ↓





過去の冷戦においては、核は政治戦略的なもので、使わないという条件で安定していました。
冷戦時は、何度も誤射などの信号をキャッチしても、ロシアや中国は反撃しませんでした。
それは、冷戦下で、ある種の信頼関係があったから・・・今は、どうでしょう。

現在、ロシアはこういっているのです。
もし、アメリカが少しでも核攻撃の気配を見せたら
「やられる前に、先制核攻撃する」

・・・もちろん、日本も巻き添えです、当然の話ですが。

ロシアは1発のミサイルで日本やフランスやテキサスを完全に破壊できる能力があります。
うち、数百発は、直ちに発射可能です。
報道されないので、ほとんどの人は知りませんがね?

沖縄には現在、100発以上の核ミサイルがあるといわれています。
おそらく、本土にも大量に。

全ての核兵器は米国に持ち帰らせないとダメですね。




1962年沖縄から
中国とロシアに向けて
核ミサイル発射命令、
現場の士官が異議を唱え止めていた。


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『縄に当時核ミサイルがあったことは、多くの人が知っていました。基地の金網の外からミサイルを見ることができましたから。地元の新聞紙も写真付きで報道していました。

誰でも見に行くことができたと記憶しています。父親に連れていかれて見に行ったのを覚えています。金網の外は警備もなかった

ぞっとするのは
最初のひとりが発射命令に従わなかったので、
任務を解任し、

改めて発射命令をしていたこと。

代わった現場の担当者も「発射を拒否」していた。

そして、「発射命令中止」が上から下されていた。

それが起きていたら、私たちは存在しなかったでしょう。
沖縄の人が? いえいえ、地球の人類がです。』



http://businessnewsline.com/news/201512301209420000.html


U.S. Air Forceが日本の沖縄の読谷村に極秘裏に核弾頭を装備した大陸間弾道ミサイル発射基地を設置し、運用を行い、1962年10月28日のキューバ危機の際には軍上層部の指示により、読谷核ミサイル基地に対して、核ミサイルの発射命令が下され、東西関係は核戦争勃発の瀬戸際の事態が生じていたことが28日、専門誌「military.com」の報道で明らかとなった。

記事によると、沖縄に設置されていた核ミサイル発射基地は、873rd Tactical Missile Squadron(第873戦術ミサイル部隊)が管理していたもので、核弾頭を装備した4基の地対地巡航ミサイルの「MGM-13 Mace」が絶えず臨戦態勢で発射態勢に置かれていたとしている。

読谷核ミサイル基地の緊張状態がピークに達したのは、1962年10月28日のキューバ危機の際で、この際は、ミサイル基地全体が非常警戒の元に置かれ、実際に核ミサイル発射命令が下されたとしている

しかし、読谷核ミサイル基地の当直士官は、ソ連に対する核攻撃命令の実施を拒否し、実際に読谷核ミサイル基地から核ミサイルが発射されることはなかったとしている。

軍上層部による核ミサイル発射命令を拒否した当直士官は、William Bassett(ウィリアム・バセット)という人物で、この証言を行った当直兵士のJohn Bordne(ジョン・ボードン)によると、当直士官のウィリアム・バセットが核ミサイルの発射命令を拒否したことで、次席当直士官がウィリアム・バセットをミサイル基地司令官の職から解くことを宣言し、彼に代わって核ミサイルの発射命令を遂行しようとしたが、当直していた他の一般兵士が従わなかったため、結果的に、核ミサイルの発射命令が実行に移されることはなかったとしている。

読谷核ミサイル基地は、核ミサイル発射命令が下され、この映画さながらの緊迫した状況が数秒間続いた後で、インターコムを通じて司令部から核ミサイル発射命令を取り消す命令が入ってきたことから、平常な状態に戻ることができたと、ジョン・ボードンは述べている。

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日本政府は戦後から一貫して「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」という非核三原則を堅持してきたが、1944年の米軍による沖縄戦勝利による沖縄占領から1972年の沖縄返還までの間の沖縄は米国政府の管理下に置かれていたため、この間は、日本政府の非核三原則は沖縄には及んでいなかった

読谷核ミサイル基地の存在を敵国のソ連が知っていたかどうかは不明となるが、もし、キューバ危機の際に読谷核ミサイル基地から実際に核ミサイルが発射されたいた場合、沖縄はソ連の核ミサイルの集中的な二次攻撃を受けて、沖縄の地は地上から姿を消していた可能性もあったこととなる



※1発でも発射すれば、全面核戦争です。
核ミサイルそのものも、標的になるので、
あらゆる場所からすべて発射するでしょう。
核ミサイルの報復合戦です





オバマ政権でも核攻撃命令?

オバマがロシアに限定核攻撃を命じたという話題もありましたね?
この時、命令に背いて、核攻撃を中止したのがコール大将(大佐の筈)でした。
これが事実なら、この人は世界を救った英雄ですね
今は、命令に逆らった罪で逮捕され、隔離され、投獄されています・・・
今は生きているかも分かりませんが。

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3月19日付け: 上記英語記事の翻訳

ロシアSVR外国諜報サービスが国防省に提供した新たな報告によると:
オバマ大統領は、ロシアに対して、イギリスの奇襲攻撃と連携して核の先制攻撃を行うために、核兵器発射コードを送信するように指示したにもかからわず、送信することを拒んだ核戦争通信司令官が逮捕され司令官の職を解かれました。

オクラホマ州ティンカー空軍基地の戦略的通信第1部隊の司令官を務めていた米海軍のヒーサー・E・コール大将(大佐の筈)は、米海軍が運営するE6Bマーキュリー航空機(戦略的核力を持つ隊潜水艦、爆撃機、地上ミサイルにオバマ大統領とカーター国防長官が直接通信できるようにする通信回線を提供する)を管理していました。

そして、3月16日にコール大将は、ペンタゴンからロシアに対する限定的な核攻撃を行うミサイル発射命令を受けました。しかしコール大将が発射コードを送信しなかったことで、PALセキュリテー機器がうまく作動せずに核攻撃が失敗に終わりました。PAL

は未承認で核ミサイルが使用されることを防ぐための機器です。セキュリティ機器が作動しなかった原因の1つに、先月、ロシアへの攻撃を拒否したことで解任されたヘーゲル元国防長官が、国防省を去る前に、核兵器に対する安全対策を強化していたこともあったからです。

カーター国防長官はヘーゲル前国防長官が解任される前に核の安全対策を強化していたことを認識していなかったために、コール大将はロシアへの核攻撃を阻止することができました。

コール大将がオバマやペンタゴンの命令を無視し、核ミサイルを発射させなかったことで、翌日17日に国防省から追放され、逮捕されました。その後、コール大将は武装衛兵によってサンディエゴの米海軍航空基地に連れて行かれ、隔離された部屋に投獄されました。


http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51954491.html

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[ 2017/08/17 21:05 ] 未分類・ニュース等 | TB(0) | CM(0)

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