【起源】 クリスマスとサートゥルナーリア祭 Saturnalia

さて、クリスマスも終わってしまいましたね~
不況のせいでしょうか? ハロウィンのほうが賑わってたイメージですね? 半額ケーキ美味しいです^^

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なんか、僕は毎年言ってる気がしますが・・・今年も言っておいた方がいいの? 
クリスマスは、キリスト教が異教徒の祭りを潰して吸収してできた祭りです・・
本来、主軸となていた祭りは 『サートゥルナーリア祭』 といわれています^^

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【サートゥルナーリア祭】

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サートゥルナーリア祭はサートゥルヌス 神を祝した古代ローマ の祭である。
農神祭とも。12月17日から12月23日までを開催期間としていた。



祝賀行事

サートゥルナーリア祭はローマでも盛大に行われる祭の1つだった
特に馬鹿騒ぎと社会的役割の入れ替えを特徴とし、
奴隷とその主人がこの期間だけ表面上役割を入れ替えて振舞った。


サートゥルナーリア祭は紀元前217年ごろ、第二次ポエニ戦争で
カルタゴ に軍が惨敗した後、市民の士気を高めるために催されたのが始まりである[1] 。


元々は12月17日の1日だけだったが、非常に好評だったため1週間まで延長され
12月23日に終わるようになった。この狂態の期間を短くしようとする努力もなされたが
失敗している。アウグストゥス はこれを3日間にしようとし、
カリグラ は5日間にしようとした。これらの試みは、
ローマ市民の間で騒乱と大規模な反乱を引き起こした。


サートゥルナーリア祭では生贄を捧げる古くからの習慣があり、
サートゥルヌス の神殿前に生贄を置く長いすを設置し、
サートゥルヌス像に普段結ばれていた縄を解き、その年が終わるまで
そのままにしておいた。

儀式の進行と記録のため、Saturnalicius princeps が選ばれた。
公的な儀式の他に、この期間は祝日 とされ各家庭でも個別に祝う習慣があった。
学校が休みになり、小さなプレゼント (saturnalia et sigillaricia) を作って贈り合い、
特別な市 (sigillaria) が開催された。
奴隷であってもこの期間だけ公に賭博が許された。
もっとも、1年の他の期間に奴隷が賭博行為を全くしていなかったという意味ではない。


サートゥルナーリア祭の期間中は大いに飲み食いし、騒いだ。
正装であるトガ は着用せず、非公式でカラフルなディナー用の服を着用した。
そして、解放奴隷の被るピレウス帽 を誰もが被った。
奴隷は主人に口答えしても罰せられなかった。奴隷も宴会に加わり、
宴会の給仕を主人が務めた。


ただし、社会的立場の逆転は表面的なものだった。
例えば、宴会の給仕は奴隷が務めることも多く、主人の晩餐の準備は奴隷たちが行った。
すなわちこれは微妙な境界の中での気ままさだった。
つまり、これは社会秩序の破壊ではなく一時的な逆転でしかない[2] 。



クリスマスとの関係

紀元1世紀ごろの初期のキリスト教徒が
イエス・キリストの誕生日を知っていたという歴史的証拠はない。




実際、当時のユダヤ人の法律や慣習では、
誕生日は全く記録されなかったと見られている。




World Book Encyclopedia(第3巻、p416)によれば、
初期のキリスト教徒は誕生日を祝う習慣は異教徒のものだと見なしていた。
実際イエスが自分の生涯について何らかの記念に類することを命じたのは、
死に際してのことだけだった
(ルカによる福音書 、22:19)。


クリスマス に類する祝祭が初めて記録に見られるようになるのは、
イエス・キリストの死後数百年後のことである[6] 。
新しいブリタニカ百科事典 では、冬至 の後の太陽の復活を祝う
古代ローマの習慣に日付を合わせたとしている
(ミトラ教 )。
この祝祭には現代のクリスマスと同様に贈り物をしたりご馳走を食べる習慣があった

Wikipedia:日本語









【サンタクロースのモデルになった人物】






~歴史年代ゴロ合わせ暗記
http://www12.plala.or.jp/rekisi/santa.html

クリスマスといえばサンタクロースを思い浮かべる人は多いでしょう。
でも、なぜキリストが生まれたとされる12月25日にサンタクロース
子供たちにプレゼントを配るようになったのでしょう?

サンタクロースには、モデルとなった人物がおりました。
4世紀、司教をしていたセント・ニコラスという人です。


あるとき、セント・ニコラスは町に貧しくて3人の娘たちを
お嫁に出せないという人がいることを知ります。

心優しい、セント・ニコラスは夜中に頭巾とマント姿で名を告げることもなく、
窓から金貨の袋を投げ入れてあげました。
その金貨の袋は偶然、暖炉の側に吊るしてある靴下に入ったそうです。

その後、セント・ニコラスはキリスト教の重要な人物の1人となり3
42年12月6日
になくなります。

時は過ぎ、12世紀のフランス。
偉大な彼、セント・ニコラスの亡くなった日の前日にあたる
12月5日に修道女たちが夜中にこっそり、
貧しい人々の家に食べ物などを送る風習がでてきます
この風習が世界中に広まると、やがて12月5日ではなく、
クリスマスの日に贈り物を贈るように変わっていったのです。

貧しい家に金貨を送ったセント・ニコラス。
その時の彼の姿が頭巾をマントをしていたことから、
みなさんの知るサンタクロースの姿ができ、その金貨が偶然、
暖炉側に吊るしてあった靴下に入ったことからプレゼントを
靴下の中に入れるようになったのですね。

また、セント・ニコラスという名前。彼のこの名前がなまり
セントニコラス→サンタクロースとなりました。

サンタさんの衣装やプレゼントを入れる靴下にも
ちゃんとした理由があるのですね。

セント・ニコラスさんの名前は日本では、
それほど有名ではありませんが、
その優しき行いは今も受け継がれているのです。






そんなワケで、クリスマスのネタでした~ サンタ霊夢さんは、また来年な?

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こんばんは~。

日本国内の行事は、もう殆どが商業利用されていますね。
お祭り騒ぎの由来については関心が低いのも、多神教だからこそかも知れませんが…。

えーっと、つまりクリスマスはケーキと谷間が楽しめる日なんですね!
[ 2015/12/31 20:14 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ステルス紳士さん、こんばんは~^^

サンタの元になったセント・ニコラス氏には悪いんですが・・・僕的には、
小太りの白ヒゲ爺さんよりは・・・
セクシーサンタコスの可愛い娘ちゃんの方が良いです(笑)

セクシーサンタ霊夢さんはまた来年やってきますよ~ たぶん^^
[ 2015/12/31 21:13 ] [ 編集 ]

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