【渡良瀬川】 地図から消えた村 ~Recollections of sadness ~ 【彼岸花】

野鳥観察やキャンプ、スポーツ、釣り、サイクリングなど、人々の憩いの場になっている 『渡良瀬遊水地』
ここにはかつて 「谷中村」 という村がありました・・・・足尾銅山鉱毒問題の舞台となった地・・・この地には悲しい思い出が残っています。 

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100年前、鉱毒事件の解決に人生の全てを捧げた議員がいました。 

『田中正造』
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足尾銅山の鉱毒問題の解決に奔走し、死を覚悟して明治天皇に直訴した人ですね? 
学校の教科書にも載ってるかな?

毎年、とある場所に密集するように 『彼岸花(曼珠沙華』 が咲き誇ります・・・ 花言葉は 「悲しい思い出」
ここは墓場、悲しい思い出が残る土地です・・・


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渡良瀬遊水地を地図で見ると、ハート型になってます。 可愛いね? しかし、これは初めから
この様に設計されてできた地形では無い・・・ ある事がきっかけで偶然この形になった・・・

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最初は丸い 貯水池 になるはずだったのが、 この地だけ人々に守られ、くぼんだ様になりハート型になった。
そして、この凹んだ場所の真ん中に、あの彼岸花の咲く墓地があるのだ・・・
そこはかつて、鉱毒問題で貯水池化が決まり、強制立ち退きを命じられた人々と田中正造らが守ろうとした地でもある・・・ 
現在は遺跡として手厚く管理されている。





というわけで、その場所に行ってみた(笑)
旧谷中村遺跡は駐車場のすぐ近くにあります・・・ とはいえ、ドール用キャリーとカメラをかついで
この広大な場所を歩くのは困難(というか運動不足) なので、自転車をレンタル・・・行くぞ、轟天号!!

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この時期、遊水地周辺でも彼岸花をよく目にします・・ 土手のほうにも群生してる場所があるので探してみては?
今日は、真夏日なみの暑さになってしまった・・・ とりあえず水分を取りながら移動・・・
自転車は300円で借りれます(笑)

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役場跡地

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途中から砂利道になります・・・ にしても、久しぶりに自転車に乗った(笑) 超楽しい!!!

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ここから、先が遺跡です・・・・ そんなに遠くないですが、重い荷物を担いで歩いて来ると、けっこうな距離です。
ベンチなども置いてあるので、少し休んでいくのも良い・・

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雷電神社跡

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ちょっと休憩(笑)

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ここが 「延命院跡」 大きなクヌギの木が目印    いや~ 咲いてるね!

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(※画像はクリック推奨)
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設置された鐘

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慰霊碑

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だいたい、休日で1時間おきくらいで人が来る感じでした・・・ 今が見ごろですからね~^^;
たいてい、カメラを持ってくる人がほとんど・・・平日や早朝なら余裕で撮影できますかね?

ここはあと1~2週間が見ごろですね? 日差しの強い場所はすでに枯れ始めてます、見たい人は急いでね?




道路でヘビに遭遇! でかいな~ アオダイショウかな? ここはほんと、いろんな生き物がいます^^
冬はミサゴが魚を狩る所も撮れます・・・ 挑戦してみる?(笑)

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ここから北に向かうと、鹿沼市です・・・ ここも彼岸花が多いね~ 有名な 遊の郷 や 常楽寺(録事尊)
がある・・・ ちょと足を伸ばして立ち寄った・・・


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そろそろ満開になりそう? 9月下旬から10月上旬まで見れます^^

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お守りが売ってました(笑) お金は自分で横に設置してある賽銭箱に入れてね?

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鉱毒事件と、田中正造の話は有名ですね・・・ 足利市に彼の博物館もあります・・・
ちょっとこの事件を振り返ってみよう・・ 最近の若者は8月6日が何の日かも知らないという有様ですから・・・


<足尾銅山鉱毒事件>

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1890年(明治23年)、第1回衆議院議員総選挙に栃木3区から出馬し、初当選する。
田中は帝国議会でも当初は立憲改進党に属していた。この年渡良瀬川で大洪水があり、
上流にある足尾銅山から流れ出した鉱毒によって稲が立ち枯れる現象が流域各地で確認され、騒ぎとなった。

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1900年(明治33年)2月13日、農民らが東京へ陳情に出かけようとしたところ、
途中の群馬県邑楽郡佐貫村大字川俣村(現・明和町川俣)で警官隊と衝突。流血の惨事となり、
農民多数が逮捕された(川俣事件)。この事件の2日後と4日後、田中は国会で事件に関する質問を行った。
これが「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」で、日本の憲政史上に残る大演説であった。
2日後の演説の途中で当時所属していた憲政本党を離党した。

当時の総理大臣・山縣有朋「質問の意味がわからない」として答弁を拒否した。
この年の川俣事件公判の傍聴中、田中があくびをしたところ、態度が悪いとして官吏侮辱罪に問われ、
裁判にかけられた。なお、川俣事件は仙台控訴審での差し戻し審で、起訴状に担当検事の署名がないという
理由で1902年(明治35年)に公訴不受理(一審で無罪だった者については控訴棄却)という判決が下り、全員が釈放された。



1902年(明治35年)、渡良瀬川下流に貯水池をつくる計画が浮上。

政府は土地収用法の適用を発表。「村に残れば犯罪者となり逮捕される」圧力をかけ、
多くの村民が村外に出たが、田中は強制破壊当日まで谷中村に住み続けて抵抗した。
結局この土地が正造の終の棲家となる






1908年(明治41年)、政府は谷中村全域を河川地域に指定。1911年(明治44年)、
谷中村村民北海道常呂郡サロマベツ原野への移住が開始された(強制)





12月10日、東京市日比谷において、帝国議会開院式から帰る途中の明治天皇に足尾鉱毒事件について直訴を行う
途中で警備の警官に取り押さえられて直訴そのものには失敗したが、東京市中は大騒ぎになり、号外も配られ、
直訴状の内容は広く知れ渡った。直訴状は、幸徳秋水が書いたものに田中が加筆修正したと伝えられる。

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田中は即拘束されたが、政府は単に狂人が馬車の前によろめいただけだとして不問にすることとし(田中本人の言及による)、
即日釈放された。田中は死を覚悟しており、釈放後、妻カツ宛に自分は(12月)10日に死ぬはずだったという意味の遺書を書いている。




この後も精力的に演説などを行ったが、自分の生命が先行き長くないことを知ると、1913年(大正2年)7月、
古参の支援者らへの挨拶まわりに出かける(運動資金援助を求める旅だったともされる)。
その途上の8月2日、足利郡吾妻村下羽田(現・佐野市下羽田町)の支援者・庭田清四郎宅で倒れ、
約1ヵ月後の9月4日に同所で客死した。下野新聞によれば、死因は胃ガンなど。

財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、死去したときは無一文だったという。
死亡時の全財産は信玄袋1つで、中身は書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、
帝国憲法とマタイ伝の合本だけであった。


彼の行いは、現在、福島第一原発事故をうけて、さまざまな人々に勇気を与えている・・
これを見てると、当時の政府は今も全く変わらないダメっぷりを発揮しておりますね~ まさに大本営(笑)

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9月4日死去・・同年10月12日に正造の葬儀が佐野厄除け大師( 春日岡山惣宗寺)で行われた。
奇しくも彼岸花が咲き乱れる季節、正造はこの世を去った・・・

彼岸花の花言葉は 「悲しい思い出」 そして 「情熱」
田中正造の 『情熱』 は僕らに伝わっただろうか? 
毎年、この花が咲くたびに、その美しさをもって思い出させてくれる・・・そんな話でした^^



「真の文明は、山を荒さず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」

                                    ~田中正造~ 









そんなわけで帰宅~ っと・・・
ちょっと花粉がついてしまった・・・・落とすの大変なんだよね~^^; 
久しぶりに自転車乗ったら疲れた(笑) そんなわけで、渡良瀬遊水地でした~ 

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ところで、彼岸花には隠されたもう一つの「言葉」 がある・・・
それは 『また会う日を楽しみに』  また来年、霊夢さんたちと見に行こうか^^

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kadoさん、こんばんは。

やはり、彼岸花の朱は良いですね。
写真越しに見ても、美しく雰囲気のある色合いだなぁ~
日が傾きかけの頃が尚良いです。

霊夢さんの持っているお守り、良いですねぇ~
[ 2013/09/22 17:55 ] [ 編集 ]

kadoさんは彼岸花 一方オイラは..........

kadoさん、こんばんは。
kadoさんは彼岸花に神社など 綺麗な写真を撮っている中
オイラは お台場で痛車の撮影していました......でも人目を気にせずチルノと撮影できる
貴重な場所かもしれません........痛単車乗ってましたが 辞めました......大型バイクショップに行くと目線が冷たいから
コッソリ ドール撮影している方がハードル低いかもしれません........一般道でドール撮影は無理ですが......
[ 2013/09/22 22:18 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

おかめこおろぎさん こんにちは^^

彼岸花は自分の中では好きな花ベスト3に入ってます(笑) 
白や黄色もありますが、やはり朱色ですね~
お守りは常楽寺で買ったものです^^ デザインが気に入ってます
[ 2013/09/23 08:36 ] [ 編集 ]

Re: kadoさんは彼岸花 一方オイラは..........

かつー さん お疲れ様です(笑)

そちらも楽しまれたようですね~ 痛車をお持ちだったとは驚きです^^
あそこのドール持ってても違和感が無い濃い雰囲気はいいかもしれませんんね
機会があれば僕も行ってみるつもりです
[ 2013/09/23 08:42 ] [ 編集 ]

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